第165号
東京オリンピックのボランティア募集が始まりましたが、
なかなか不評のようです。
無償ボランティアというのが、どうやら批判を
かっているようです。
近年の世界規模の大会では
ボランティア=無償ではないようで、
長野オリンピックでも何らかの支援を
行っていたと言います。
だから、おかしい、なぜ?
というのが皆の本音なのでしょう。
東京都は、他では決して得られない
感動を体験していただく貴重な機会と
言っていますが、
だからといって無償で労働力を提供してもよい
というものではないですね。
” お金以上の満足 ”って、
それこそ、人によって考え方は違うので、
これでは、「意味がわからない」と
言われてしまっても仕方ないですね。
イメージできないことでは人は動けません。
一体感や誇りを、ユニフォームや研修から
培かっていきたいということですが、
一体感や誇りが生まれた結果、
ユニフォームがその象徴になることはあるでしょうが
その反対は起こりません。
チームビルディングで組織作りを
学び実践している者としては、
一体感を育むには、まずビジョンを示して
もらわなければ、と考えます。
ボランティアに参加したら大学の単位を取得できる
という提案もでてきているようですが、
それってボランティアでしょうか?
ちょっと逸脱していますね。
ますます学生の心は遠のいていきます。
さて、
ボランティアの定義ってなんでしょう。
インターネット辞書で調べてみました。
(知恵蔵より)
単なる無報酬の奉仕活動という意味ではなく、自己の自発的・主体的な意思によって社会問題の解決や必要とされている活動を理解・共感し、勤労とは別に労働力、技術、知識を提供すること。
ねっ、単なる無報酬の奉仕活動ではないのです。
(ブリタニカ国際大百科事典より)
無償で自発的に社会活動に参加したり,技術や知識を提供したりする人,またはその活動。
社会福祉,教育,環境保全,保健など,社会全般を対象とする。
一般的にボランティアの理念として,自分から行動すること,ともに支え合い協力し合うこと,見返りを求めないこと,よりよい社会の実現を目指すこと,があげられる。
ボランティアには理念がちゃんとあるんですよね。
キーになるのは、「自発的」です。
参加したいと思っている人がまずいて、
その人が参加しやすいように学校や企業に
協力を働き掛けるのはよいのですが、
参加するようにしむけるというか、
囲い込むように“見えるようなこと”は
やらないことです。
やる気は自由意思の中から生まれてきます。
今年も大雨、地震で被災された方がおられます。
そこに困っている人がいるから助けにいく、お役にたちたい、
非常にわかりやすい動機の災害ボランティア。
そこでもやはり人が足りない現実があります。
そもそも、オリンピックに
11万人のボランティアが集まる
という根拠に、読み間違いはなかったのでしょうか。
街頭インタビューを見ていると、
高齢者は積極的に何かの形で参加したい
と思っている人が多いようです。
それは、生涯2度目のオリンピックで、
あの時の高揚感、一体感を覚えているので、
国や都がビジョンを示さなくても、行動に移せます。
若い人たちは、楽しみたいとは思っても、
今、東京で開催する意義がわからないので、
動機付けがなくて、参画しようとはなっていないのでしょう。
東京オリンピック、パラリンピックの
大会のビジョンはあるのです。
https://tokyo2020.org/jp/games/vision/
ちょっと抽象度が高すぎて、
イメージできないかもしれません。
人は変わりたいときに変わるように
参加したいと本人が思うときが、
参加するタイミングです。
言われて参加する、
というものではありませんね。
ボランティア応募期間は、12月上旬まで。
チラシ配付するだけでなく、
行動したくなる発信を
考えなくてはなりません。
お読みいただき、ありがとうございました。
つまるところ「人と組織」
社長の想いを語りなおして
強み×8割の社員が育つ仕組み×関係性をデザインする
鈴木早苗でした。